在日米軍

在日米軍

皆様は、沖縄の米軍基地がどれくらいあるかご存知ですか?なんと沖縄本島の面積の18%も占めているんです。この状況、街角で米両国間の安全保障関係の現況はどうかとインタビューすると、日本では「良好」と答える人が多いでしょう。日本の民主党政権が日米同盟を崩した後に登場した自民党の安倍晋三首相は、防衛費を増やし、米国との安保協力の強化を求め、日米同盟を増強する言動を次々に取り、アメリカとの信頼関係を回復させようとしているのが伺われます。また、米国側でもオバマ政権は「アジア最重視」策を唱え、尖閣諸島についても日米安保条約の適用対象であることを確認し、安倍政権の防衛重視の姿勢を歓迎するという動きが見られます。こうした流れを、沖縄本島ではどうみているのでしょうか。ここでは、在日米軍について私個人的な意見でお伝えしたいと思います。

概要

司令部は横田基地。日米安全保障条約により、施設の土地代や維持費などは全て日本国政府が支払っているのをご存知でしょうか?米軍内での通称はUSFJ(United States Forces Japan)で、アジア・太平洋地域を担当する統合軍(Unified Commands)であるアメリカ太平洋軍(PACOM)に属しています。在日米軍は、在日アメリカ軍、または条約などでは日本国における合衆国軍隊ともいい、日米安全保障条約第6条により日本国内に駐留するアメリカ軍の総称です。日本には、キャンプ座間などに常駐している数十人の国連軍駐日武官や、各国大使館の駐在武官、係争中の領土(竹島、北方領土等)を除き、米軍以外に駐留する外国軍はいません。

役割と勢力

第七艦隊の母港である横須賀海軍施設や空軍の横田飛行場(司令部が駐在する)や嘉手納飛行場(多数の主力戦闘機・輸送機が配備)、キャンプ座間やトリイステーション(アメリカ本土以外で唯一グリーンベレーを展開)など、ロシア・中華人民共和国・北朝鮮にも近い関係上東アジアの要所であり、アジア有事の際には最重要拠点としての役割も持っています。現在の展開兵力は日本を母港とする第七艦隊艦船乗組員を含めて総計約5万人で、在韓米軍のほぼ倍の勢力です。

在日米軍司令官

在日米軍司令官は第5空軍司令官が代々兼務していて、空軍中将が就いています。現任司令官は、サルヴァトーレ・サム・アンジェレラ中将。前任者であるバートン・フィールド中将の後任として、2012年7月に就任しました。

歴史

1947年(昭和22年)
1月1日、アメリカ極東軍(FEC)発足。パーシング・ハイツ(現市ヶ谷駐屯地、東京都)に司令部設置。
1950年(昭和25年)
朝鮮戦争が勃発した後、在日連合国軍最高司令官ダグラス・マッカーサーは準軍事的な組織として「警察予備隊」を設立するよう日本政府に指令しました。警察予備隊は後に自衛隊へと発展していきました。
1951年(昭和26年)
サンフランシスコ講和条約が連合国と日本の間で署名され、これにより小笠原諸島と沖縄以外の主権が正式に日本に返還されました。それと同時に日本とアメリカは日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約(旧日米安保条約)に署名しました。この条約により、在日米軍は日本の防衛に関して法的責任を負い、その見返りとして、日本政府は軍事基地、資金、および日米行政協定で規定される様々な特権を提供する事となりました。
1952年(昭和27年)
4月28日、日本国との平和条約発効、占領解除。しかし同時締結され発効した日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約に基づき駐留が認められました。
1957年(昭和32年)
6月30日、アメリカ極東軍廃止。翌7月1日、在日米軍発足。府中空軍施設(東京都)に司令部設置。8月1日にはアメリカ国防総省が地上戦闘部隊の撤退を発表。
1958年(昭和33年)
2月8日、在日米軍地上戦闘部隊の撤退完了。
1960年(昭和35年)
1月19日、日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約終了。代わって日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約を合意。
1968年(昭和43年)
12月24日、在日米軍施設・区域調整計画が合意されました。
1969年(昭和44年)
7月1日、在日米軍司令部が在日アメリカ軍事援助顧問団(MAAGJ、東京都新宿区市ヶ谷)の任務と機能を吸収。
1970年(昭和45年)
12月21日、在日米軍整理・統合計画が合意。
1972年(昭和47年)
5月15日、沖縄返還を前に、在日米陸軍が在琉球米陸軍(USARYIS)の任務・機能を吸収。アメリカ陸軍第9軍団(IX Corps)司令部が沖縄県からキャンプ座間に移転。
1973年(昭和48年)
1月23日、関東平野合衆国空軍施設整理統合計画が合意。
1974年(昭和49年)
11月7日、在日米軍司令部・第5空軍司令部が横田飛行場に移転。
1995年(平成7年)
9月22日、アメリカ陸軍第9軍団廃止。
2009年(平成21年)
11月、ニコニコ動画に在日米陸軍チャンネルが開設。
2010年(平成22年)
8月4日、安保条約改定50周年記念として、広報漫画『わたしたちの同盟 - 永続的パートナーシップ』公開開始[7]。日米同盟の意義を説く内容。ホビージャパンが制作を担当し、著者は『魔法の海兵隊員ぴくせる☆まりたん』の綾部剛之(シナリオ・文)・ヒライユキオ(漫画)に加え、実左(漫画)、超肉(イラスト)。
2011年(平成23年)
3月11日に発生した東日本大震災の救助・復興支援や福島第一原子力発電所事故の対応のために在日米軍各部隊はトモダチ作戦(Operation Tomodachi)を展開。4月30日までに、ほぼ終了しました。

ベトナム戦争と米軍

ベトナム戦争では、在日米軍の軍事基地、中でも特に沖縄の基地が重要な戦略・補給基地として用いられました。返還前の沖縄に駐留していたアメリカ軍は在日米軍司令官(COMUSJAPAN)の隷下ではなく、アメリカ太平洋軍司令部琉球代表(CINCPACREPRYUKYUS)の隷下にあり、在日米軍(USFJ)とは別組織です。アメリカ空軍の戦略爆撃機が、まだアメリカ政府の施政下にあった沖縄の基地に配備されました。1960年代、1,200個の核兵器が沖縄の嘉手納基地に貯蔵されていました。アメリカ軍は1972年(昭和47年)の沖縄返還までに全ての核兵器を沖縄から撤去しました。

東北地方太平洋沖地と米軍

2011年(平成23年)の東北地方太平洋沖地震の直後は、在日米軍各部隊はトモダチ作戦(Operation Tomodachi)を展開した一方、日本におけるアメリカ軍人や軍の文民従業員の家族9,720人が日本から主にアメリカへ脱出したといわれています。

日本国の安全保障問題

日本国民の73.4%は日米間の相互防衛条約と在日米軍の存在について肯定的な評価を与えています。その一方で、一部の国民は在日米軍基地の縮小・撤退を要求しています。韓国の対日本・北朝鮮工作員を指揮する韓国軍特務機関員が在日米軍基地から日本国内に侵入し、新潟日赤センター爆破未遂事件を指揮したことも指摘されています。しかし、アメリカ軍基地が日本国内から無くなると、アメリカ軍による中華人民共和国や北朝鮮に対する軍事的抑止力が落ちる可能性も考えられます。また、中華人民共和国の領土侵犯や内政干渉が激しくなる可能性があるとも指摘されていて、潜在的問題は多く、根深い問題です。

沖縄県の基地問題

沖縄県の在日米軍基地については、日本の国土面積からすれば、占める割合は1割以下と少ないが、在日米軍基地面積の7割以上(ただし自衛隊との共用地を除いた米軍専用地の割合)が、沖縄県に集中してる事で、本土と比べて不公平だとする意見や、在日米軍基地の必要性についても疑問視する意見が沖縄県には多数あります。また、在日米軍基地近隣の騒音問題があります。2010年5月に、毎日新聞と琉球新報が沖縄県民を対象に行ったアンケートによると、 海兵隊の駐留については、「必要ない」が71%で、「必要だ」は15%でした。在日米軍基地の約74%が沖縄に集中していることに関しては、「整理縮小すべきだ」が50%、「撤去すべきだ」が41%でした。日本駐留を定めた日米安保条約については「平和友好条約に改めるべきだ」が55%、「破棄すべきだ」14%、「維持すべきだ」は7%でした。

陸軍

在日米陸軍(US Army Japan, USARJ)は、キャンプ座間(神奈川県座間市・相模原市)に司令部があります。USARJは、第9戦域支援司令部から改編された第1軍団前方司令部、在日米陸軍基地管理本部、第10地域支援群(沖縄、トリイステーション)などを主要な部隊としています。第1軍団前方司令部は2007年12月に新設されたもので、在日米陸軍司令官は第1軍団前方司令部の指揮を執るとともに、第1軍団副司令官を兼任しています。平時には実戦部隊をほとんど持ちませんが、有事には第1軍団本隊が進出し、陸軍/統合任務部隊を構成するものと考えられています。また、青山墓地近くに星条旗新聞の極東支社や第五空軍司令部東京管理センター、陸軍東京監理施設、軍情報機関関連施設などが置かれる在日米軍の中枢の一つ「赤坂プレスセンター」(別名ハーディバラックス、麻布米軍ヘリ基地)が所在します。

海軍

在日米海軍(US Naval Force Japan, USNFJ)は、横須賀海軍施設(神奈川県横須賀市)に司令部があります。日本に展開するアメリカ海軍部隊の部隊管理を管轄していますが、作戦指揮権はありません。

空軍

在日米空軍(US Air Force Japan, USAFJ)は、横田飛行場に司令部があります。在日米空軍司令官は、第5空軍司令官とともに、在日米軍全体の司令官をも兼務しています。ただし、在日米空軍司令部は基本的に部隊管理のみを担当し、作戦統制は太平洋空軍のケニー司令部(ヒッカム空軍基地)が行ないます。このため横田基地には、USAFJの部隊や航空自衛隊との調整のために第13空軍第1分遣隊が設置されていましたが、第13空軍の閉隊にともない、その機能も第5空軍が担うことになりました。

海兵隊

在日米海兵隊には、実戦部隊である第3海兵遠征軍(3rd Marine Expeditionary Force, 3MEF)と、基地部隊である在日米海兵隊基地部隊(Marine Corps Bases Japan, MCBJ)の二系統があります。第3海兵遠征軍と基地部隊の兼任司令官には通常海兵隊中将が補せられますが、この中将は沖縄に駐留する全アメリカ軍の代表者である在沖米四軍調整官(Okinawa Area Coordinator, OAC)も兼務することとなっています。両者は組織図上では別個の組織ですが、同一の司令官によって指揮されることで指揮系統を統一しています。在日米海兵隊の各司令部はいずれも沖縄県のキャンプ・バトラー内に設置されていて、第3海兵遠征軍司令部はうるま市のキャンプ・コートニー、基地部隊司令部は宜野湾市を中心に周辺自治体にまたがるキャンプ・フォスター(キャンプ瑞慶覧)に設置されています。